2007年08月06日

二大政党制について〜このたびの参院選から考える〜そのA




さて、今日も本の紹介から。今日のチラシの裏は「二大政党制のメッカ」ともいえるかどうかは知らないけど、アメリカの事を話すのでチョイス。
前に紹介した本とは違ってバッチシ持ってますし、読んでるんで、中身も丸わかり!w

だからと言って、今回の話とはほとんど繋がってないのが、ドゥエム伯クオリティw
ただ、対米外交戦略、対中外交戦略、長期的国家戦略のお話の入門書としては最適な一冊であります。是非ご購入を。では、本題。
前回「なぜ、二大政党制」に突っかかるのか?
なぜ、民主党ではダメなのかを書いてきましたが、今回はちょっと脇にそれて、感情論的な立場を非常に強く打ち出して日本での「二大政党制」を考察して行きたいと思います。

感情論って言ってもちゃんとそれなりにロジックを組みますよwご安心をw

因みに、なぜ、感情論的な立場を組むかと言いますと。
感情論にぶつけるのは感情論が一番最適だからです。
目には目を、歯には歯を。贈り物には贈り物で応じて、友情には友情を、侮蔑には侮蔑を、暴力には暴力で答えよ。
良い言葉だと思いますwまぁ、簡単に言うと、私の周りの奴らが感情論でぴーぴー五月蠅いから黙れよ、と言うのをこのブログで言っちゃおうかとw

日本人は一色に強く染まる国民性があります。代表例が「一億総○○」という言葉。
(今回の参院選では”一億総年金関心状態”にあったと言えるでしょう。その前では”一億総飲酒運転厳罰化”。
そう言えば、「マスゴミによる世論形成が云々」と某掲示板でマスコミ憎しの炎を燃え上がらせていましたが、少々的はずれ、と言えます。
どんなにマスコミが頑張って宣伝しまくってもやはり国民性としての”集団性”がなければ一気に広がりません。ネットを使ってない人が無知だから、なわけでは無いんです。)
規律などで団体に属すのが好きな国民、ソレが日本人の一側面であることは事実なのかも知れません。
旧時代的な価値観と言われるかもしれませんが、やはり(会社などに)入った以上はそこに尽くす。多分ですが、コレを街角で美徳か?と聞けば7割ぐらいは美徳。と答えてくれるかも知れません。
なぜ、この集団性が二大政党制に向いていないのか?
それは、二大政党制の対する「勘違い」と日本の野党の「タイプ」。この二つと合わさってしまい、二大政党制に向かない。となってしまってるのです。

先ず、日本の野党の「タイプ」。これは非常にわかりやすいぐらいに統一されています。
確かな野党を、と謳う某共産だって、憲法九条九条うるせぇんだよ黙れやお隣の北朝鮮と韓国と中国で叫んでこいや、な某社会だって、何処の国民の生活が大切なんですかね?国民の生活第一って言ってるけどさ、な某野党第一党だって。
み〜んな、同じ
「反対野党」


つまり、日本には「二大政党」はあるけれど(自民と民主)、政権を担える「二大政党」は無いわけです。
これが、国民性と絡むとどうなるのか?
「白がダメだったら、黒。」「黒はダメだから白」
革命ですか?

急な政策なんてぶっちゃけた話どんな良い政策だって、絶対と言い切って良いほど失敗します。急激な改革ができるのはやってる本人と覚悟を決めた少数派だけですから。
つまり「アレが失敗したから、コレにしよう」(=政策に正反対の対案をもって反対)はもっと失敗するだけなんです。「アレは嫌だからしないよ」(=政策に単純に反対)とは根本的に違うんです。
コレが、さらに「二大政党制に対する勘違い」を引き起こす原因となっています。
反対野党が出来るのはどうせ後者ですからそれだけだったら安心なんですが、いざ、政策を!となると必ずと言ってイイほど前者をするんで、すなわち、革命状態になるわけです。(こんな馬鹿野党が政権を取ったら。)

さらに、皆様。二大政党制と聞くと、何を思い浮かべますか?
大半の方が「う〜んとね、おっきなAとBっていう政党があってそれぞれが、対立して交互に政権を取り合うの
大きな、間違いです。

前日書いたように二大政党制とは「二つの大きな政党が議席の大半を占め、その2つの政党が交互に政権を担当するしくみのこと」あるいは私の定義「二つの大きな政党が議席の大半を占め、与野党になっている政党が政権を担う能力があること」
何が違うんだよ、と思った方。よく見てください、特に赤字。
下の二つの定義に「対立」とか「奪い合い」って文字がありますか?
ありませんね、そう言うことなんです。

すなわち、二大政党制政治とは「二つの政党が政権を担う」体制であって、A党にしたら○○、B党にしたら××とかが起きるわけじゃない。
A党にしようが、B党にしようが、変わらない対決軸も存在するし、
基本的に合意をしておき細かいところが違う対決軸もあれば、国論を二分するような対立軸もある。
それが二大政党政治ってやつなんです。

さて、ここらで話を少し前に返して、日本人の美徳(かもしれない観念)に「一旦属したら、そこに尽くす」があると書きましたね。
では、次の例を見てどう思いますか?
「A党が出した政策法案にB党の議員が賛成を投じて、A党議員が反対票を投じた。」
1「A党の奴もB党の奴も造反組か。」
2「自分の信念を貫いてでも造反するのか、素晴らしい。」
3「いや、個人のかってだろ。あ、でも彼らは造反で党からおさらばだねw」
多分、上の3つに8割強の人間が入ると思います。
全部、造反って言葉が入ってるけど、多分、皆そう思ってるんじゃないのかな?
思ってなかったら、思えw























実はですね。上の三つを思った人物は二大政党制が行われたら憤死しちゃう可能性のある人間なので全力で阻止して下さいw
なぜか?
アメリカでは意外とよくあることなんです、上の例。
それこそ「党」を掛けた、すなわち「国家百年の計」みたいな超がつくほどの重要法案でないかぎり割とかる〜く行われてます。
(因みに、日本がFXを独自開発させるかを問う法案で米民主党からの唯一の”造反組”であったブラッドレー上院議員は民主党の大統領候補選にでてます。残念ながら、この造反が致命的なダメージを与えましたが。これは、上で紹介した本に載ってます。)

すなわち、二大政党制とは対立よりも可能性を重視する政治体制、とも言えるモノだ、と言えるかもしれません。

日本では二大政党制がちょっと無理かも、な所までをグダグダな文で考察してきましたが、次回は「どうやったら二大政党制になれるのか?」「日本の今後は?」を見て参りたいと思います。
多分、違うこと書くんだろうけどw



posted by ドゥエム伯 at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の思うこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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